「捨て石」になったのは沖縄ではなく戦艦大和

沖縄の飛行場を制圧するために、
熊本の飛行場を出発して、120名ぐらいの戦闘部隊、義烈空挺隊が出ました。
全員、下士官です。日本の最精鋭部隊です。
今でいえば、特殊部隊です。

その精鋭を、惜しげも無く何に使ったかというと
沖縄の飛行場を一時的に制圧して、
特攻隊を突っ込ませるために。

YouTubeで出ていますから、どうか映像でみてください。
ずっと報道班員が、義烈空挺隊が訓練しているところから出発するところまで
ずっと撮っています。

沖縄の空に旧式の輸送機で飛んでいっても
撃墜されるのは、目に見えているじゃないですか。
着くわけがないですよね。

でも実際に、1機だけ、沖縄に着いたんです。
読谷飛行場に。

その1機の中から、7名ぐらいの戦闘員が降りて、大暴れしたんですけれど
最後の1人の生き残りが残波岬で射殺されているんです。

沖縄は、「捨て石」じゃないですよ。

義烈空挺隊が飛行場を制圧している間に
戦艦大和が突っ込んで
大和が引きつけている間に
特攻機が飛んでいく――。

何のために?
沖縄を護るために、ですよ。

「男たちの大和」という映画には、大和しか出てきませんが
日本の最精鋭の駆逐艦が8隻、大和にくっついて行ったんです。
不思議なことに、駆逐艦にはいろいろな型があったのですが
その段階で、それぞれ1隻ずつしか生き残っていませんでした。

その最後の、そのタイプの代表が
大和と一緒に行って、沈んでいるんです。
最後の代表、生き残りが。

帝国海軍は、沖縄のために
全力を注いで戦いました。
最後の誇りの大和まで。

何のために使ったか。
沖縄の特攻作戦を成功させるために
大和を捨て石に使ったんです。

だから
沖縄を見捨てるなんて、あり得ない話です。